先日、東田直樹君の新しい本が出ていたので購入した(前に書いた、東田直樹君については
こちら)名古屋あたりの書店では、売っているのを観たことがないので、僕が今まで買ったのは全て出版社の注文ではあった。
買った本は、『
自閉症の僕が跳びはねる理由』という本。

筆者である東田直樹君は自閉症である。しかし、文章を書くことで自分の意志を相手に伝えることが出来るのだ。上記の本は、そんな彼への質問と答えをつづったもので、巻末には彼の小説も掲載されている。2冊買って、母へ1冊送ってあげた。彼の本を母に教えてあげてから、母の周りの人たちも彼の本を読み出したそうだ。
本に掲載されている質問にはどういうのがあるかというと、
質問
小さい子に言うような言葉使いの方がわかりやすいですか?
返答
僕たちだって成長しているのに、いつまでたっても赤ちゃん扱いされます。
あまりに僕たちの見かけが幼いからだと思いますが、赤ちゃん扱いされるたび僕はうんざりするのです。(中略)
赤ちゃん扱いされるたびに、みじめな気持ちになり、僕たちには永遠に未来は訪れないようなきがします。
本当の優しさというのは、相手の自尊心を傷つけないことだと思うのです。
※『自閉症の僕が跳びはねる理由より』
この質問と返答は、この本の中で、僕の心に残った部分だ。確かに、僕たちは自閉症の方達に対して、わかりやすく丁寧に言おうとして、小さい子に話すような話し方で言ってしまいがちである。僕も、養護学校や、養護施設に行ったとき、このように話してしまったことがあったような気がする。それについては、猛烈に反省です。
僕は、小中学校では身体障害者の同級生との生活を送ったことはあるが、身近では親兄弟親戚と皆健康に暮らしていたため、障害者に対する認識が疎かったと思う。そして、それは今でもそうであると思う。
そんな僕が、しっかり身体障害者を知らないといけないと感じたのは、母の友人の息子がアスペルガーと診断されて、とても大変な日常を過ごしているということを知ってからである。でも、そうした生活の中にあっても、母の友人は全く悲観的になっておらず、すごく前向きに生活を送っている。そのことを知ったのが、数年前。だから、僕は数年前まで、恥ずかしながらアスペルガーという言葉も知らなかった。
アスペルガーの息子さんは、自分がアスペルガーであることを悲観的にとらえることがあり、病気でもないのにそれが、病気だと思ってしまう。さらに、アスペルガーを知らない人には、彼はおかしな人に感じてしまうという悪循環。僕は軽度発達障害の子どもに勉強を教えていたことがあるが、やはり、何も知らない人には変に感じてしまう言動があったと思う。
バリアフリーという言葉がある。これは現在、車いすやお年寄りも過ごしやすい環境という意味合いで使われ認識をしていると思う。しかし、本当のバリアフリーとは「自閉症やアスペルガーやその他の身体障害者の方も受け入れることが出来る社会」も含まなければいけないと思う。
僕のこのブログをみて、一人でもそういう人が増えれば、社会ももっと変わっていくのではないかと思う次第である。(書いてみて思ったが、ちょっとえらそうに書いてしまった。。。)
水たまり 手をさしのべて 皆越ゆる