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生活の雑記帳

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『銀の匙』 中勘助 著

 先日、中勘助の『銀の匙』をふと読み直した。ずいぶん前に読んだときは、それほと印象に残ってなくてなんか読み終えた感じだった。深夜に同名のアニメをやってたこともあって、小説をなんとなく読み直してみようという気になったのである。

 冒頭部は、回想録風な作品で、こんな感じだったなぁって読み進める。ただ、この作品のすごさは作者の幼年から少年期の自伝的作品なんだけれど、読み進めると筆者の心の言葉がじわじわと伝わってくることにある。最後まで読み終わったとき、すごく読み終えた満足感に浸れる作品なのである。
 このことについて、和辻哲郎氏が解説を書いている。

 「『銀の匙』には不思議なほどあざやかに子供の世界が描かれている。しかもそれは大人の見た子供の世界でもなければ、また大人の体験の内に回想せられた子供時代の記憶というごときものでもない。それはまさしく子供の体験した子供の世界である。子供の体験を子供の体験としてこれほど真実に描きうる人は、(漱石の語を借りて言えば)、実際他に「見たことがない」。大人は通例子供の時代のことを記憶しているつもりでいるが、実は子供として子供の立場で感じたことを忘れ去っているのである。大人が子供をしかる時などには、しばしば彼がいかに子供の心に対して無理解であるかを暴露している。そういう大人にとっては、人の背におぶさっているような幼い子供の細かい陰影の描写などは、実際驚嘆に価(あたい)する。ああいうことは、大人の複雑な心理を描くよりもよほど困難なのである。こうなると描かれているのはなるほど子供の世界には過ぎないが、しかしその表現しているのは深い人生の神秘だと言わざるを得ない。 昭和十年 和辻哲郎」 (岩波文庫 引用)

 
 この作品を読むと、何とも言えない不思議な感覚があった。話にとりわけて起承転結があるわけでなく、たんたんと書かれているのに、惹かれていく何かがあるのである。それは、主人公の成長と、主人公に愛情を注いでいた伯母さんの交流が絶妙に描かれてるからなんだろう。最後、伯母さんと再会する場面は、よくあるパターンの話なのに、なぜか格別心に響く。それは、主人公がそれくらい伯母さんを慕っていたからであり、伯母さんも絶大な愛情を注いでいたからであろう。
 最後の一字を読み終えたとき、『銀の匙』という作品のすばらしさが収束される、そんな一冊である。
by ikkokukandesu | 2013-09-05 22:37 | 読み物

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